「越境...」Powder Volume 1, Issue 1, 1972

September 7th, 2017

米国のスキー雑誌Powderの創刊号(1972年)に掲載された読みもの「Making the Break...」のイントロパートの訳文です。

  • 翻訳権未取得のため全文アップは法的にアウト。なので、紙にプリントアウトして白馬の地下ルートで配布する予定
  • 「インディアン」はポリティカルコレクト的にアウト。ですが、原文を尊重してそのまま掲載
  • アルタからチリ・ポルティージョまでヒッチハイクという常識的にアウトな手段。もちろん、スキーバム的にはストライクな内容

原文:http://www.powder.com/stories/classics/making-the-break/


越境...

作:リチャード・バーナム・リース

ニカラグアの首都マナグアにある16世紀に建てられたカトリック教会。白レンガで囲まれた中庭で、中南米特有の浅黒い肌をした群衆が怒鳴っている。アメリカ白人相手に発せられる毎度お約束の罵声だ。「国へ帰れヤンキー」「グリンゴ野郎」。

教会の中、青い眼をしたブロンドヘアーのどこから見てもグリンゴの俺(バーモント州ストウのスキーパトロール)は、礼拝室に並ぶ古めかしい黒塗りのベンチでひざまづいている。「ドンデ・エスタ・エル・バーノ、ポル・ファボルル?(トイレはどこですか?)」とデタラメに祈る。スペイン語はからっきしダメな俺。

ヒッチハイクの相棒のインディアンとは、メキシコシティーの町はずれで別れたきりだった。サンバレースキー場パトロール隊員の間で「偽りなき微笑みの狼」と呼ばれる奴さんはその時、はるか18,000km先の目的地チリ・ポルティージョの方角に向かって、黄金に輝くスコットのストックを意気揚々とぶんぶん振り回していた。

当のザ・インディアン(みんながそう呼ぶのでこのニックネームを使うことにする)は、グアテマラシティの約束した場所に現れなかった。グアテマラのゲリラ連中に拉致されてないなら、メキシコのベラ・クルーズで船に乗り、今ごろパナマシティーで俺を待っているかもしれない。「ドジった」ときの代替プランでそう決めていた。とはいえ、実際のところザ・インディアンはどこにいるのやら。俺に分かっているのは、ポルティージョまで残り11,000kmもあり、計画は失敗つづきということだ。


参考記事:
創刊45周年を勝手に祝う Powder 45 Years 地下出版
ポルティージョってどこ? WHITE ROOM #7 GO SOUTH