BLIND SPOT


文 エイミー・エンゲルブレットソン

原文:BLIND SPOT

お気に入りの音楽をかけて高速道路をドライブするとつい良い気分になる。自信がみなぎる。隣のレーンにひょいと移ろうとすると鋭いホーンが鳴り響く。後ろをよく見ずに急にハンドルを切ったので危うく事故を起こすところだった。誰もが物心がつくころから、死角となるところには気をつけなさいと口酸っぱく言われて大きくなるのにときどき見過ごしてしまう。

2013年12月9日月曜日。この日のユタは夢のような美しい青空にむかえられた。太陽はさんさんと輝き雲ひとつなく、ユタ特有の軽いドライパウダーであたり一面覆われていた。カリフォルニア州レイクタホに住む私は、Powder Video Awardsのレッドカーペットのホストを務めるためにユタを訪れていた。もちろんアーリーシーズンのアルタの雪も目的の一つ。条件が良ければシューティングができることも願って。当日はユタ滞在の最終日で、ようやく訪れた最高の撮影日和だった。

アーリーシーズンのためクラッシックなユタパウダーの写真を撮るには少しばかり努力を要した。午前中はアルタスキー場の中で少しハイクをしながらノートラックを探して過ごした。友人でもある別のフォトグラファーから電話がかかってきたのはそろそろお昼というころ。アルタにいるから会えないかと撮影の誘いだった。彼とは以前から一緒に仕事をしたいと思っていたので、昼食を食べずに急いで彼ともう一人の女性スキーヤーのもとに合流した。彼女とは初対面で、別のアスリートと撮影に臨むことも私には初めての体験だった。さらに言えば、このフォトグラファーとの撮影も初めてのことだったが、この一週間で親交を深めていた。

エリア内で何枚か撮り終えると笑いが止まらなかった。素晴らしい天気と雪のおかげでいい絵が簡単に撮れ、ジョークがさかんに飛び交った。この一週間願っていたことが叶った気分だった。今シーズン初めての撮影の仕事がうまくいき、控えめに言っても天にも昇る心地でいた。この日のために毎日を生きていると言ってもよいほどに。神々しい雪、笑顔とパウダーラン、楽しくて陽気なシューティング。みんな同じように感じていたと思う。

素晴らしい雪と午後の光線に恵まれて撮影を続けることにした。そこで、もう一人のスキーヤーとフォトグラファーを含め満場一致でグリズリー・ガウチのベースにあるゾーンに行くことになった。二人はその場所から多くの有名な作品が生まれ、何度もPowderマガジンのカバーを飾ったことを話してくれた。それでいて小さな斜面で安全な場所だとも。後日多くの地元のアスリートやフォトグラファーと話す機会があったとき、けっして安全なゾーンではないことを知るのだが。とにかく当日の私たち2人のスキーヤーはベースエリアに戻ると、車からツアー装備の入ったバックパックとスナック菓子をつかみ、スキー場外へ出るためにロープトゥに飛び乗った。道中笑ったりジョークを言い合ったり、子ども時代のスキーのことを話したりした。この時はまだ本当に素晴らしい時間の中にいた。

圧雪車の跡をたどり、最後はトラバースをしてスキー場との境界を越えるとスキーを外した。それからツボ足で10分もかからない目的地を目指して短いハイクを始めた。エリア外に出る前、雪や安全性について軽く話し合った。目的のエリアを見る限り不安定性を示すサインや雪崩の痕跡はなく、その日に滑ったと思われるシュプールだけが見えた。もう一人のスキーヤーのバックパック(エアバッグではない)の中にビーコンが入っていないことが判明し、フォトグラファーはバックカントリーギアを持っていなかった。メローな斜面を安全に滑り、1、2枚いい絵を撮ったらスキー場に戻ろうという計画を立てた。

撮影プランを決めるとフォトグラファーは撮影ポジションにつき、私たちスキーヤー二人は助走をつけるためにもう少しハイクアップした。スタート地点つくと私が一番手で滑ることになった。何度も滑走経験があり撮影ポイントを心得ているもう一人にファーストを最初申し出た。けれども私の携帯電話はバッテリー切れで、二番手として滑るにはフォトグラファーとスタート合図の通話ができず、結局私がファーストで行くことになったのだ。滑走準備を終えると、彼女が大声でドロップインの合図を叫んだ。ちょうどその時、向こうの谷をハイクアップする二人組が見えた。彼らの目にはクレイジーに映っただろう。別のハイクアップ二人組の脇を滑り去り斜面へドロップインすると、最高の(気分で)ディープなユタのパウダーにスラッシュターンをきめた。

ターンを終えると異変が起きた。周囲にクラックが走るのが見え、足元の雪がいっせいに動く感じがしたのだ。同時に(その瞬間まで軽視していた)知識と経験を総動員した。エアバッグのトリガーをさっと引くと、無事展開する気配が感じられた。斜め方向に小さな木々が目に入り、そこに小さな望みにかけた。溝のような谷に吸い込まれたくなかった。なんとか立った状態を保ちつつ、全力で雪崩の中の泳ぎ木立にたどり着いた。木をつかむと、これで雪が流れ込んできても大丈夫のように思われた。その直後何かが起こり、雪崩の勢いが強まって木から引き剥がされてしまった。後でフォトグラファーに聞いた話では、自分より上の斜面全体が共鳴するように崩れ、私に襲いかかったという。

木から離れるや最悪のシチュエーションに陥った。周囲の分厚い雪の塊が急峻で深い地形の罠へと有無を言わさず押し流す。AIARE 1(一般山岳ユーザーを対象とした米国の雪崩講習会)を受講した時の講師リル・トーンの言葉が蘇った。ヘルメットの側面をつかみ、口の周りをVの字でガードした。激しく転がった後で急停止したかと思うと、顔や頭は雪に完全に覆われてしまった。ユタ州雪崩センターのウェブサイトに掲載された[レポート]によると、雪崩の規模は幅46m・長さ30m・破断面60cmで埋没の深さは約50cm。エアバッグがなかったら、1.5-2m位の深さで埋没したかもしれない。

すぐにパニックになったが、再びリルの言葉を思い出した。口の前には3センチ位のエアポケットがあった。目を閉じ体を動かさないようにゆっくりと呼吸を始めた。20−30秒たった頃だろうか、頭上で気配を感じた。後で分かったことだが、最初にフォトグラファーが現場に着くと、雪面に刺さったスキーポールの先っぽを見つけた。他の救助者が到着し、雪を払いのけ始めた。間もなくプローブが右腕に当たるのを感じた。2,3度叫び声を上げたが、外には届いていないようだった。シェベルで掘る音が聞こえ、次第に体の周りの圧力が小さくなるのが感じられた。最初に右腕の周りが掘り出され引っ張られた。自力で腰を上げようとした。すぐに顔の前の雪が払いのけられた。深呼吸を一回すると、フォトグラファーの安心した顔が目に入った。これまで見たこともない表情だった。

フォトグラファーの他に3人の救助者がいたが、全員知らない人だった。怪我をしているか尋ねられので大丈夫だと答えた。痛みはなかったが、お漏らしをしていた。本当に怖かったのだ。両足が掘り出されると、片方のスキーが付いたままだった。それからすぐに全身が掘り起こされた。立ち上がると体が震えた。身に起きたことと怪我をしなかったことに驚いからだった。目の前の見知らぬ人たちに対して感謝してもしきれない感情があふれてきた。自分たちの身を危険にさらして私を救ってくれたのだ。それから本当にバカなことをしたという思いに襲われた。あらゆる警告のサインを目にしていたのに無視してしまったのだ、私は。

二次雪崩のおそれがあり多くの人が上の斜面にいたので、すぐにその場から去ることにした。片方のスキーはデブリの中に埋まり見つからなかったが、これ以上身を危険にさらしてまで探す時間はなかった。装着していたエアバッグは借り物で私用のものとは別メーカーだったので、エアの抜き方は分からずじまいだった。パンパンに膨らんだ2つのバルーンと一緒に、ブッシュの濃いズブズブのスロープをハイクアップした。

V字地形を離れ安全な場所にまで来ると、救助者たちに別れを告げた。フォトグラファーと二人でグーグルサーチを使ってエアバッグのパッキングの方法を探し当て、それから雪崩斜面の上部にいるもう一人のスキーヤーと連絡をとった。片方のスキーを装着し、雪上車の跡をゆっくりと戻った。ボトムに一人の警察官が待っており、照会を終えるとアルタの駐車場まで送ってくれた。

事故の感情的な余波は思っていたものとは異なる種類のものだった。震えや安堵がある一方、信じがたいほどの愚かさと失望感が大きく占めた。谷底を抜けた私たちの目に飛び込んできたのは、滑った場所のすぐ隣の斜面で起きた雪崩の跡だった。つい最近のものと思われるが、斜面の上からは見えなかった。私とフォトグラファーはそれぞれ当日の朝にチェックした雪崩情報を思い出した。2500m以上の北向きの斜面では人為的雪崩が発生するおそれがあると書かれた「Considerable」の危険評価だった。まさに私たちが滑った斜面は該当する場所で、なおかつ大きな地形の罠が待ち受けていた。もし他人がこの雪崩事故を起こしたなら、レポートを読んだ私はこう思うにきまってる。「バッカじゃない」

バックカントリーに入る者にとって最も危険な要素であるヒューマンファクターが事故に大きく影響したと思う。バックカントリースキーの経験が浅くAIARE 1のコースを修了しただけの私は、雪上では人一倍注意深い行動を心がけていた。フォトグラファーはバックカントリーの経験が豊富で、用心深く信頼できる人物だと感じていた。もう一人のスキーヤーのことはよく知らなかったが、このエリアに通じていることは分かっていた。二人ともこのエリアの安全性に自信をもっていた。つまりはローカルたちを信じるあまり質問することも考えつかなかったのだ。安全への錯覚を示すよくある例にもれず。

私たちが今回得たレッスンは、誰の身にも事故は起こるということ。たとえ自分とは関係ないと思ったとしても。当日の素晴らしいコンディションに目が眩み、警告のサインや情報を見逃してしまった。滑りに夢中になるあまり、アーリーシーズンであることを忘れてしまった。そして一番重要なのは、あの地形に対する安全への誤った認識による自信過剰。「慣れ」という落とし穴にはまっていた。

結局のところ、私たちはブラインドスポット(盲点)をチェックしなかった。スマートを自負する私はあのようなミスをしないと思っていたのに、勘違いもいいところだ。ある時点で私たちは完全に盲目状態になっていたのだ。

最悪の事態にならなくて本当にありがたく思う。最悪の状態から好転した瞬間のことは忘れられない。救助にたずさわった方々への感謝は一生忘れられない。彼らはスマートで準備に長けていたから私は助かったのだ。最も感謝すべきことは、これをきっかけに謙虚さを取り戻したことだ。みんなもスマートに行動しよう。頭をつかってブラインドスポットをいつもチェックしよう。私のような人間はどこにでもいるのだから。